東京は私のキラキラ

先日、勉強のことをここに書いたことにより思いつき、
アメブロに「私と勉強」という連載をはじめたら、
自分の歴史を思い出しました。

中学進学にあたり
千葉県民の私が東京の中学校に通い
都民の友人が千葉県の学校に通う、ということになりました。

こちらは、花の東京。
遊ぶところも、銀座、原宿、御茶ノ水、秋葉原、両国 、錦糸町と
華やかな街から下町まで
方や、都民でありながらも市川、京成小岩、青砥では
太刀打ちできません。
東京にいれば、偶然芸能人に会ったりもします。
日テレが近くにあったので、しょっちゅう誰かに遭遇しました。
中学生からしたら、うらやましくて仕方ないでしょう。

どんなにかっこいい男の先輩の話をされても
まったくうらやましがらなかった私が、憎憎しかったんでしょうね。
高校にあがってからは、連絡を取り合わなくなりました。

だって、私は
「東京のキラキラ」を味わいたくて
とにかく東京の学校に行きたかったんですもの。

「オリーブ」(雑誌)で見た洋服が簡単に手に入ったり
芸能人と同じ電車に乗りあわせたり
好きなアイドルとおんなじ美容院に通える喜びのほうが
ずっとずっと輝いていました。

彼女はいろいろ対抗してきましたが、相手になりません。
私のライバルであり、憧れは
自由が丘や原宿、麻布で育った生粋の東京人であるクラスメートなのです。


こうして文字にすると、田舎者の典型のようですが
東京は私の憧れでした。


現在でも、自由が丘、四谷、神楽坂などに実家がある友人を
うらやましいと思います。

永遠に私は千葉の田舎者です。
だから、キラキラの東京で学んだあとは
働き続けるのでしょう。